大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和52年(ワ)1649号 判決 1982年6月14日

原告

浜石博巳

外二一〇名

右原告ら訴訟代理人

諫山博

津田聰夫

林健一郎

古原進

小泉幸雄

外八名

右諫山訴訟復代理人

陶山圭之輔

外六名

被告

福岡ラッキータクシー株式会社

右代表者

川添福一

被告

福岡セブンタクシー株式会社

右代表者

川添福一

右被告ら訴訟代理人

村田利雄

山口定男

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  (主位的請求)

被止口福岡ラッキータクシー株式会社は別紙当事者等目録記載の一ないし一三九の各原告に対し、被告福岡セブンタクシー株式会社は同目録記載の一四〇ないし二一一の各原告に対し、それぞれ金九二万六八〇一円及び内金七一万九三八三円に対する昭和五二年一二月八日から、内金二〇万七四一八円に対する昭和五三年一月一日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  (予備的請求)

被告福岡ラッキータクシー株式会社は同目録記載の一ないし一三九の各原告に対し、被告福岡セブンタクシー株式会社は同目録記載の一四〇ないし二一一の各原告に対し、それぞれ金五五万六〇七九円及び内金四三万一六二九円に対する昭和五二年一二月八日から、内金一二万四四五〇円に対する昭和五三年一月一日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

被告らは、いずれも一般乗用旅客自動車運送事業を営む会社であり、本件闘争当時、別紙当事者等目録記載の一ないし一三九の原告らは被告福岡ラッキータクシー株式会社の、同目録記載の一四〇ないし二一一の原告らは被告福岡セブンタクシー株式会社の従業員(乗務員)で、いずれも全国自動車交通労働組合福岡地方連合会(以下「全自交」という。)に属する福岡ラッキー・セブン・タクシー合同労働組合(以下「組合」という。)の組合員であつた。

なお、被告らは、形式上はそれぞれ独立した別個の法人格を有するが、実質的には同一会社であり、その代表取締役はいずれも川添福一である。

(以下、被告らを区別して呼ぶ必要のない場合は「被告会社」という。)<以下、事実省略>

理由

一当事者

請求原因1の事実は、被告らが実質的に同一会社であることを除き当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、被告会社は、本件闘争当時、一一四台の営業用自動車(タクシー)を保有し、二四一名の乗務員及び被告会社と同一資本系列にある祇園タクシー有限会社を含めて三四名の非乗務員、四名の役員をもって構成され、右乗務員中原告らを含む二一四名が組合に別属していたことが認められる。

二本件闘争に至る経緯

賃金交渉が当初いわゆる労働三団体に所属する各組合とこれに対応する各社との統一交渉の形で四月一八日の第一回交渉を皮切りに行われたこと、六月七日統一交渉が決裂したため六月一四日以降は組合と被告会社との間で直接の賃金交渉が行われたこと、交渉継続中の五月三一日被告会社が組合に対し六月一日からタクシー料金が17.4パーセント値上げされるのに伴い六月分以降の賃金を暫定払いする旨通告したこと、七月七日被告会社が六月分賃金として暫定賃率により計算した給与を支給したこと、従前乗務員がチャート紙の装着を行つていたこと、組合が、七月二三日に同月二六日からチャート紙の装着を拒否する旨被告会社に通告したこと、以上の事実は当事者間に争いがないところ、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められ<る>。

1  本件闘争の背景

被告会社副社長尾崎豊吉は、昭和四五年被告会社専務取締役として福岡に赴任してきて以来、非乗務員の整理や、営業の能率化を図るため被告会社及び祇園タクシー有限会社の営業所を整理・統合するいわゆる集中管理方式の採用等労務管理上の施策をすすめてきたが、組合員らは、右諸施策に対し、これが労働条件の低下をもたらしたとして不満の意を示してきた。殊に、被告会社における毎年度の乗務員の賃金決定に際しては、被告会社が、先に妥結された祇園タクシー有限会社における結果を組合に押しつけ組合員の賃金を低額に押え込んできたとして組合員の不満が強く、昭和五二年度春闘を迎えるにあたっては、昭和五一年度春闘において、その団体交渉の席上尾崎副社長が述べた「来年度は運賃値上げを実現させるので、そのときには悪いようにはしない」旨の言を信じ、結局組合は比較的低額の賃上げで妥結したとの経緯もあつて、組合員間には昭和五二年度春闘によせる期待が強かつた。

2  本件春闘交渉の経過

(一)  昭和五二年度春闘要求については、既に昭和五一年一二月から全自交及びその傘下の各単組の各段階で具体的な討議に入つた。

全自交は、二月二八日第一四回大会第一回中央委員会を開き、福岡県下の一般男子労働者の平均年間所得との比較に基づき、昭和五二年度統一要求として月額三万円以上の賃金引き上げ及び年間六〇万円の一時金(昭和五一年度推定三一万円)支給その他を決定し、全自交及び全自交が他の二労働団体とともに組織するハイタク労協(いわゆる労働三団体)は、三月一〇日付で市乗協宛統一要求書を提出した。組合も、三月六日の臨時大会において、月額三万円以上の賃上げ及び年間六〇万円の一時金支給を求める賃金要求とその他の職場の職場要求二〇項目を決定し、三月一〇日これを被告会社に提示してその回答を求めた。

(二)  賃金交渉は、ハイタク労協とこれに対応する二二社のタクシー会社との統一・集団交渉の形をとつて四月一八日を皮切りにはじまつた。会社側は、近く予想されていた運賃値上げの率を17.5パーセントと見込んで、過去の実績から運賃値上げ後の一乗務当りの走行キロを三二五キロメートル、ハンドル時間を一五時間二三分、拘束時間を一八時間四五分などと推定し、五月一一日第三回統一交渉の席上組合側にこれを提示し、五月一三日の事務折衝において、右数値を基礎にして四月以降の賃上げ分、一時金を含めて昭和五一年度年間所得(約二二〇万円)に一六万五〇〇〇円上積みする旨の回答を示した。組合側は、これに対し、賃金算定の根拠とされた走行キロ三二五キロメートルは過大で交通法規違反の走行を前提とするものであり、ハンドル時間、拘束時間とも労働基準法、通達に違反するものである。一六万五〇〇〇円の上積みでは他産業労働者との格差を縮めることはできないなどと反駁して会社側と対立し、その後、賃金要求を昭和五二年、五三年平均して年間所得二六〇万円の線まで引き下げ、会社側も多少譲歩の姿勢を示したが、基本的に双方の主張は平行線をたどつて前進をみず、六月七日統一・集団交渉は決裂した。

(三)  右決裂後、賃金交渉は被告会社と組合との直接交渉に移り、六月一四日を第一回目として交渉が継続されたが、組合には、後記のとおりの会社側の暫定賃率による賃金支払に対する反発や、六月一六日被告会社が組合と交渉継続中であるにもかかわらず祇園タクシー有限会社との間において低率で賃金交渉を妥結させたことから、被告会社がその結果を組合に強いることになるのではないかとの危惧もあつて、双方の主張は一致をみず交渉は難航した。

3  賃金の暫定払い

昭和五二年においてタクシー運賃の改訂が予想されたため、同年度の賃金交渉は、運賃改訂の時期及びその内容との係わりにおいて進められた。

まず、四月二三日第二回統一交渉の席上、会社側は、組合に対し、①昭和五一年度賃金協定は四月一日以降効力を失うこと、②運賃改訂実施の前日まで昭和五一年度賃金協定の効力を延長すること、③新運賃実施までに新協定締結に至らないときは、昭和五一年度賃金を下廻らない暫定賃金で支払い、新協定締結後に精算することを内容とする「五二年度賃金に関する回答書」を提出した。

そして、被告会社においても、右の趣旨に則り、四月分、五月分の賃金は昭和五一年度賃金協定に基づき支払つてきたが、新運賃(17.4パーセント値上げ)が五月二三日認可され、同月三一日から実施の運びとなつたことに伴い、被告会社は、五月三一日、暫定賃金表を添付して、六月一日以降の賃金をこれに添つて支払い、賃金協定締結後精算する旨を文書で通告するとともに、同趣旨の文書、賃金表を被告会社営業所内に掲示して従業員への周知を図つた。更に、被告会社は、六月二九日組合に対し同様の通告をし、六月分賃金支払日である七月七日、先に通告したところに従い六月分賃金を支払つた。

右通告にかかる賃金は、従前の賃率(運収に対する賃金額の割合)を引き下げて算出されたものであつた(もつとも、運賃改訂による増収を見込めば賃金額としては従前のそれを上廻る。)ので、組合は、賃金交渉未解決中の賃率引き下げによる暫定払いは異例のことであり、その措置は、被告会社が賃金交渉を自己に有利に導くために企図したものであつて、労働条件の低下を招くとしてその態度を硬化させた。

組合員は、七月七日被告会社の説明を求めて抗議行動に及んだが、その最中に被告会社営業部長古川輝幸が負傷するという事件が起り、この件につき同部長が組合の執行委員である大場庄市を傷害罪で告訴したため、組合は更に被告会社に対する反感を強め、これが本件闘争の一遠因ともなつた。

4  本件闘争の決定

組合員間には、春闘に対する組合の取り組みが手ぬるいのではないかとの批判もあり、組合は、賃金交渉の有利な展開と賃率引き下げによる賃金暫定払いの撤回を求め、六月八日をはじめ同月一一日、二〇日、二一日に四時間の時限ストライキを実施するなどの闘争を実施してきた。

組合は、七月七日の六月分賃金支払日に向けて、同月二日闘争委員会を開催したが、その中で、これまで乗務員が行つてきたチャート紙の装着を拒否し、会社側に行わせてはどうかとの提案がなされ、その実施の決定は執行委員会に一任することとされた。その後、同月一四日の闘争委員会においても、チャート紙装着拒否の戦術をとる時期にきているのではないかとの論議がなされ、同月二〇日、二一日に開かれた職場集会において再度提案があつたため、組合は、同月二二日緊急執行委員会を開いて右戦術の採用を決定し、翌二三日、被告会社に対し、「現在運行記録計(タコメーター)のチャート紙を乗務員が取り付け、取り外しを行なつていましたが、これは、本来運行管理者が行なうべき事なので、昭和五二年七月二六日より一切行なわない事に決定致しましたので、通告致します。」と記載した通告書を交付した。そして、同月二五日、同日の賃金交渉が不調に終わつたため、組合は、組合員に対し同月二六日からチャート紙の装着を拒否するよう指令を発した。

三本件闘争

七月二六日は乗務員のチャート紙装着により全車出庫したこと、同月二七日は組合員の一部が自らチャート紙を装着して出庫したが、その余の組合員はチャート紙の装着を拒否したこと、同日組合が被告会社に対し運行管理者によるチャート紙の装着がなされれば就労する旨通告して被告会社によるチャート紙装着を求めたこと、同月二八日以降組合員全員が就労しなかつたことは当事者間に争いがないところ、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められ<る。>

1  本件闘争と被告会社の対処

七月二六日は、組合によるチャート紙装着拒否の指令が不徹底だつたため、組合員は平常どおり出庫して勤務についたが、翌二七日は、組合が右指令の周知を図つたので殆んどの組合員がチャート紙の装着を拒否し、結局出庫した営業車は約三八台でその余は出庫しなかつた。そして、同月二八日以降は全員が出庫を停止し、この状態が一一月三〇日まで続いた。

被告会社は、チャート紙の装着が就業規則上乗務員の服務とされているにもかかわらず、七月二三日の組合からの通告書においてはこれが「本来運行管理者がなすべき事」とされており、また、同月二五日の組合との交渉の席上本件闘争は争議行為ではない旨の返答があつたので、本件チャート紙装着拒否の闘争を争議行為とは考えずに単なる就業規則違反であると理解し、同日、組合に対し、チャート紙装着は乗務員がなすべきことを命ずる旨の通告をした。

同月二七日、被告会社尾崎副社長や運行管理者は、車庫内営業詰所備え付けのマイクで再三業務命令を出し、出勤した組合員にチャート紙装着を命じたが、組合三宅副委員長が携帯マイクでチャート紙装着に関しては就業規則上規定がないので被告会社の命令に従う必要はない旨繰り返し述べ、これに応じて組合員は一旦受け取つたチャート紙を運行管理者に差し戻しその装着を拒否した。尾崎副社長は、この状態を収拾するため組合四役に会談を申し入れ、同日午後八時四五分から休憩をはさんで午後三時六分まで双方の折衝が行われたが、物別れに終わつた。その際、尾崎副社長は、チャート紙を装着しない車輛は規則上運行できないので出庫させない旨発言し、また、被告会社が就業規則に基づく乗務員服務規則に乗務員のチャート紙装着義務が規定されていることを指摘したのに対し、組合が休憩を要求するという一幕もあつた。

組合は、同日以降八月上旬に至るまで連日被告会社に対し、チャート紙を被告会社が装着して組合員を就労させるよう文書で申し入れたが、被告会社は、当初本件闘争は就労規則違反の行為であるとして、また、組合の同月三〇日付申入書に本件闘争が争議行為であると明記された後は、若し会社側でチャート紙を装着すれば組合の要求は際限なく続くことになろうし、争議行為への介入にもなるとして、結局被告会社においてもチャート紙を装着しなかつた。

2  本件闘争期間中の実情

(一)  組合員は、本件闘争期間中、当初は殆んどが始業時刻(午前八時)までに出勤し、営業所において運行管理者に免許証を提示したうえ、乗務員証、運転日報、仕業点検簿、チャート紙等を受け取り、示達簿に目を通す(なお、示達簿には、本件闘争期間中、乗務員自らチャート紙を装着して就労するようにとの記載があり、点呼の際も被告会社はこれを命じていた。)など、平常の場合と同様の手続を踏んで車庫に赴き、車輛の点検までを終えたが、ただチャート紙の装着を拒否してこれを運行管理者に差し戻し、その後は車庫内の控室や食堂などで碁、将棋をしたり、週刊誌を続んだりして待機していた。そして、終業時(翌朝午前二時)には、運転日報に所要の事項を記載し、これを営業所の担当者に乗務員証とともに手渡して帰宅した。

しかし、八月中旬以降は出勤する組合員の数は減少しはじめ、八月末組合が闘争資金と組合員の生活費獲得のためにアルバイト委員(三名)を置いて組合員にアルバイトのあつせんをするようになつて以降は、殆んどの組合員が出勤することなくアルバイトに出、アルバイトに就けなかつた組合員や組合幹部等の少数の者が被告会社に待機したが、終業時を待たずに帰宅する者もあつた。組合は、アルバイトに就いた組合員を掌握し、就労が可能となれば遅くとも翌日から出勤できる態勢をとつていたが、被告会社においては、組合からこれを知らされるでもなく、組合員の動静を確知してはいなかつた。

なお、被告会社は、本件闘争期間中最後の一時期を除き、車庫内の食堂を開いて乗務員に食事を提供し、風呂や食堂、控室内の冷房設備も乗務員の使用に供していた。

(二)  組合員以外の乗務員は、七月二六日は平常どおり出庫したが、その後は、非組合員が自らチャート紙を装着して出庫しようとしても、組合員がこれを説得し、あるいは車庫出入口付近に自家用車を並べたり茣蓙を敷いて寝ころんだりして非組合員の出庫を不能にした。被告会社は、無用の混乱を避けるため組合と決着がつくまで非組合員に待機を指示し、組合と交渉を続け、また、非組合員も独自に組合と交渉をもつた。

右交渉がまとまらないまま、非組合員は、九月二六日、組合と被告会社の双方に対し、同日午前八時を期して乗務する旨通告し、そのころ非組合員一一名が車庫へ赴いたが、集まつた組合員約八〇名に取り囲まれ「動かしてみろ、打ち殺すぞ。」等語気荒く申し向けられるなどして険悪な状態となつたので、被告会社は午後八時三〇分ころ非組合員の出庫を中止させた。翌二七日には、約一〇台の非組合員担当車輛のタイヤが空気を抜かれていた(これが組合員の手によるものであるとの事実は本件全証拠によるも認められない。)ため、被告会社は、これを修理して午前一〇時ころ非組合員を出庫させようとしたところ、約六〇名の組合員が前日同様これを妨害し、また、車庫出入口にトラックなどを駐車して出庫を不能にしたため、結局午前一〇時半ころ出庫を断念した。

なお、被告会社は、本件闘争期間中、非組合員に対しては現実に就労しなくても給与の六〇パーセントに相当する金員を保障し支給してきた。

3  争議支援金

市乗協に加盟する福岡地区のタクシー会社は、争議行為が実施された場合の相互援助制度を設けており、当核会社において争議行為が行われ運収が停止した場合であつても、一車一時間当り八五〇円、一日当り一万三六〇〇円の争議支援金が労務経営協議会から支給されることとなつていた。

被告会社においても、労務経営協議会から、本件闘争期間を通じ合計約六〇〇〇万円の争議支援金の支給を受けていたが、これは、タクシー稼働の有無にかかわらず出費が予定される管理者・事務員の給与、法定福利費、租税公課、光熱水費等一般管理費(本件闘争期間中合計約一億四八〇〇万円)にも満たないものであつた。

四チャート紙の装着

チャート紙装着の作業

<証拠>によれば、チャート紙の装着は、タクシー備え付けの運行記録計の蓋を鍵で開け、時計のぜんまいを巻いて(電動の場合は不要)時刻を合わせ、チャート紙に所定の事項を記入したうえその時間目盛を本体の時刻マークに合わせて圧着リングで固定し、蓋を閉め鍵をかけるというもので、一〇ないし二〇秒もあればできる簡単な作業であることが認められる。

2 チャート紙装着義務

自動車運送事業等運輸規則(以下「運輸規則」という。)は、二二条の三第二項(昭和四二年運輸省令第八〇号により追加)において、個人タクシー事業者を除く一般乗用旅客自動車運送事業者は、「……事業用自動車の運転者が乗務した場合は、当該自動車の瞬間速度、運行距離及び運行時間を運行記録計により記録し、かつ、その記録を運転者ごとに整理して一年間保存しなければならない。」と定め、三二条の二において、「運行記録計を管理し、及びその記録を保存すること。」(八号)、「運行記録計により記録することのできない事業用自動車を運行の用に供さないこと。」(九号)を運行管理者の処理すべき事項として規定している。

そして、<証拠>によれば、一般乗合旅客自動車運送事業、一般貸切旅客自動車運送事業及び貨物自動車運送事業に関する運輸省自動車局長の陸運局長宛依命通達(自車第九〇五号昭和三七年一〇月二七日)「自動車運送事業等運輸規則の一部改正に関する改正条項の解釈等について」においては、「第三二条の二第八号……に『運行記録計を管理し』とは、運行記録計による正確な記録が確実に得られるよう、運行記録計の整備及び記録用紙の当該装置への着脱等の管理を行なうことをいう。」とされ、陸運局が運行管理者の教習に用いる東京陸運局整備部監修の「運行管理者教習資料」においては、運行管理者による運行記録計管理方法の一例として、運行管理者はチャート紙の出納を行い、現実の着脱は乗務員自身がなす旨記載されていること、被告会社においては、その就業規則四一条で「従業員中乗務員の服務については別に定める。」と規定され、これに基づく乗務員服務規則の三条一項には、「出庫にさいしては所定の始業点検を終了し、受持車両の自動車検査証、自動車損害賠償責任保険証明書、乗務員証、運行記録計紙及びエンジンキーを運行管理者又はその代行者より受取り運行記録計紙を計器にそう入し、始業点検を受けた後でなければ始業してはならない。」と規定されていて、チャート紙の装着が乗務員の服務とされており、昭和四三年以来乗務員が始業に際しその装着をしてきたこと、そして、被告会社は、乗務員の採用に際しては、乗務員から採用の上は就業規則並びに上長の命令を守る旨の記載ある誓約書の提出を受け、採用された乗務員が実際に乗務に就くまでのいわゆる訓練生の期間中に、就業規則及び乗務員服務規則の右各規定の説明とチャート紙装着についての指導を行つてきており、更に、営業所点呼場や休憩室に常時就業規則と乗務員服務規則を掲示するなどして、乗務員に対しその周知を図つてきたこと、以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

五法的判断

1  本件闘争の性格と正当性

前記四2で認定のとおり、被告会社においては、就業規則に基づく乗務員服務規則上チャート紙の装着が乗務員の服務として規定され、被告会社は、乗務員の入社に際して就業規則遵守の旨の誓約書を提出させたうえ、訓練生の期間中にその説明を行うなどの周知を図つているところ、乗務員は、本件闘争に至るまで自らその装着を行つてきており、これに格別の異議を留めたとの形跡を窺うこともできないから、被告会社においては、被告会社・乗務員間の労働契約の内容としてチャート紙装着の義務が各乗務員にあるというべきである。なお、運輸規則上「運行記録計の管理」が運行管理者の処理すべき事項とされているが、運行管理者自らチャート紙を装着すべきことを命じた法令上の根拠はなく、運行管理者によるチャート紙管理事務の遂行上その装着を乗務員に実施させることも許されていると解せられる。

ところで、前記三2で認定の事実からすれば、組合は、当初、チャート紙の装着は本来運行管理者がなすべきであり乗務員にはその義務がないとの見解から本件闘争を開始したものと推認するに難くないが、組合が本件闘争の実施に際しかかる見解に立脚していたとしても、客観的には前述のとおり乗務員に労働契約上のチャート紙装着義務があるのであつて、本件闘争が、前記二、三1で認定したところから明らかなように、組合の指令に基づき、主に昭和五二年度賃金交渉を乗務員に有利に展開するため集団的に右義務の履行を拒否し、その結果被告会社におけるタクシーの運行を不能ならしめたものである以上、これを争議行為であるといつて妨げない。

そして、本件闘争は、賃金交渉の乗務員に有利な展開という労働条件の維持改善を目的として、組合員らがその労務の一部を拒否するという手段に訴えたにすぎないものであるから、組合員ら加非組合員の出庫を阻止するに際し部分的に行き過ぎと認められる事実が窺われないではないけれども、基本的には争議行為としての正当性を認めることができる。

2  賃金請求の当否

(一)  原告らは、まず、本件闘争期間中チャート紙装着以外の労務を提供し、被告会社はこれを受領していたから、その間の賃金請求権は原則的に発生している旨主張するので、この点につき検討する。

労働者が支払を受ける賃金は、労働者が労働契約の内容に従い使用者の指揮命令の下に労務を提供する場合に初めて発生すると解すべきである。本件につきこれをみるに、被告会社においては、チャート紙の装着が労働契約上乗務員の義務とされており、組合員らはその装着を争議行為として拒否したものであるところ、前掲運輸規則二三条の三第二項によれば、タクシー事業者には、個人タクシー事業者を除き運行記録計による記録が義務付けられ、同規則三二条の二第九号を合わせ考えれば、チャート紙の装着を欠いて運行記録計により記録することのできないタクシーを運行することは、同規則上禁止されているものと解せられるから、原告らによるチャート紙装着の拒否はタクシーの運行を法律上不能ならしめ、たとえ本件闘争期間中原告らが就労(タクシー乗務)すべく待機していたとしても無意味であつて労働契約の内容に従つた適法な労務の提供とはいえず、その待機ゆえに原告らに本件闘争期間中の賃金請求権が発生するということはできない。

そして、チャート紙の装着を欠く労務の提供が無意味である以上、被告会社が、本件闘争期間中組合員に車庫を開放し、風呂、冷房設備等をその利用に供していたとしても、これをもつて被告会社が組合員らの労務を受領したものということもできない。

(二)  次に、原告らは、被告会社が違法なロックアウトにより原告らの就労を不能ならしめたものであるから、民法五三六条二項により賃金請求権を有する旨主張する。

しかし、被告会社においては、前記三1、2で認定のとおり、本件闘争期間中、始業点呼や示達簿を通じて組合員に自らチャート紙を装着して就労するように促していたうえ、車庫や車庫内の諸施設も組合員に開放し、その利用に供していたこと等の事実が認められ、原告らがロックアウトの宣言であると主張する七月二七日の尾崎副社長の発言も、前記三1で認定のとおり、チャート紙を装着しない車輛は規則上運行できないとの趣旨に出たものと認められるから、被告会社が組合の本件闘争に対してロックアウトをなしたものと解することはできず、被告会社によるロックアウトの実施を前提とする原告らの右主張は採用することができない。

(三)  更に、原告らは、チャート紙の装着が乗務員の労務全体からみて附随的部分にすぎず、被告会社において容易になしうる作業であること等の事情から、原告らが争議行為としてその装着を拒否した場合には、被告会社においてこれをなすべき信義則上の義務があり、原告らが労務の提供を継続してきたにもかかわらず、被告会社がチャート紙の装着をしなかつたために原告らの就労を不能ならしめたのであるから、原告らは民法五三六条二項により賃金請求権を有する旨主張する。

たしかに、前記三1で認定の事実に照らせば、原告らが、被告会社の運行管理者によりチャート紙の装着がなされれば、タクシーに乗務する意思を持ち、八月中旬ころまでは概ねその態勢をとつて車庫内に待機していたこと、チャート紙の装着は、前記四1で認定のとおりの簡単な作業であつて、これに被告会社保有のタクシー台数や、<証拠>により認められる被告会社非乗務員の構成、員数等を合わせて考えると、被告会社においてチャート紙を装着することはその意思さえあればさほど困難であつたとは考えられないこと(<証拠排斥略>)等の事情が認められる。しかし、前述のとおり、乗務員によるチャート紙の装着は、被告会社においては、乗務員服務規則に明記され、乗務員らの労働契約上の義務内容となつており、しかも、その作業は、作業内容としては些細なものであつても、チャート紙の装着を欠くタクシーが運輸規則上運行を禁止されている点から考えると、労働義務の内容としては本来のタクシー運行の前提をなすものとして重要性が認められ、これを欠いた労務の提供は契約本来の目的を達しえず法律上無意味と考えられるから、原告らが就労すべく車庫内に待機していたからといつて、被告会社に契約目的実現に協力すべき信義則上の義務としてチャート紙装着の義務が生ずると解する余地はない。なお、原告らは、右信義則上の義務発生の前提事情として請求原因3(二)(2)において先に触れた点を含め①ないし⑦の事情を主張するが、このような事情があつたとしても、右判断を左右するに足りない。

以上のとおり、被告会社にチャート紙装着の義務が認められない以上、原告らが本件闘争期間中就労(タクシー乗務)できなかつたのは、専ら原告ら組合員が争議行為としてチャート紙の装着を拒否したためにほかならず、原告らの就労不能をもつて民法五三六条二項にいう「債権者ノ責ニ帰スベキ事由」による履行不能ということはできない。

(四)  したがつて、原告らの賃金請求の根拠に関する主張はいずれも失当であつて、原告らの賃金及び年間賞与の請求は理由がない。

3  休業手当請求の当否

原告らは、予備的に、労働基準法二六条に基づき休業手当の請求をしているが、右2で論じたところから明らかなように、原告らが本件闘争期間中に就労(タクシー乗務)できなかつたのは、原告ら組合員が争議行為としてチャート紙装着を拒否したことに原因があると解されるから、原告らの右不就労をもつて同条にいう「使用者の責に帰すべき事由」によるものともいうことはできず、原告らの休業手当の請求は理由がない。

六結論

よつて、その余の当事者の主張につき判断するまでもなく、原告らの本件請求はいずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(辻忠雄 湯地紘一郎 林田宗一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例